「達人」と「天才」
「中国語の達人」の類似するものとして「中国語の天才」という表現があります。どちらも高い中国語能力を有している人を指していう言葉ですが、その語義から立て分ければ、「達人」が後天的な努力によるものに対して、「天才」は生まれつき備わっていることを指すはずです。
そこから考えれば第二外国語は「達人」という表現の方が適切だと思います。「天才」という表現はIQがべらぼうに高くて、一度目にしたもの耳にしたものは即覚えてしまうようなケースにのみ適応するものなのですから。
まぁ実際にはこんな立て分けは言葉遊びでしかありません。「達人」と「天才」にせよ、つまるところ高い能力を持っているということです。
語学の天才
「天才」という表現はどちらかというと「語学の天才」という表現で使われる方が多いようです。多くの場合は多数の言語を「マスター」した人を指して言います。
「マスター」の定義が実は非常に曖昧であることについては『中国語「マスター」の不都合な真実』で詳述していますが、「語学の天才」たちもその多くはある程度のレベルに達したところで「マスター」として、言語数を積み重ねているケースが大半です。