By whenis , 28 4月, 2019

日本語では、二つの動詞の順番を変えて、「七縦七擒」と言いますが、諸葛孔明が南征した時に孟獲を7度捕らえ7度放したという故事から来た言葉です。

 「擒」はつかまえる、捕虜にすること、「縦」は逃がすことです。諸葛孔明は何故孟獲を7回捕まえて、また、7回放したのでしょうか。面倒くさくありませんか?その目的はなんでしょう。

 こんな故事がありますので、ご紹介しましょう。

 三国時代、蜀の丞相諸葛孔明が、軍を率いて出征し、南部少数民族の叛乱を鎮圧しました。しかし、イ族の首領孟獲は屈服せず、いつも蜀の軍隊を攻撃していました。諸葛孔明は孟獲がとても勇敢な人で、信義を重んじ、地元では人望を集めていると聞きましたので、こんな人を配下にしたいと思い、計略をめぐらせ孟獲を捕えました。

 孟獲は今度は自分が処刑されるかと覚悟しました。しかし、諸葛孔明は縄を解き、ご馳走を用意してもてなし、更に、蜀の軍の陣形を見せました。諸葛孔明は「この軍はいかがかな?」と訊ねました。孟獲は意地を張って、「今回は油断して失敗した。あなたたちの陣形を見せてもらったので、私を放してくれるなら、次回は、必ず負かしてやるぞ!」と訴えました。諸葛孔明は笑って、本当に孟獲を釈放し、また戦おうと約束しました。

By whenis , 27 4月, 2019

"六月飛雪"、冤罪という意味です。

 もちろん、この六月とは、旧暦の六月を指します。つまり、7月中旬か、8月の初めになりますね。一年中もっとも暑いころですが、何故が雪が降ってきました。

 珍しいことは珍しいですが、真夏にたまたま強い寒気団があって、広い中国のこと、こんな気象状況が発生したでしょうか。

 科学的に解釈すれば、そうかもしれませんが、中国では、この言葉は、元曲のの名作『竇娥冤(とうがえん)』から出たものです。

 そのあらすじをご紹介します。

 主人公の竇娥(とうが)は、主人に先立たれ未亡人となり、姑と暮らしていました。竇娥はならずものに言い寄られ、それを拒むと、ならずものは姑を殺害した上、その罪を竇娥にかぶせました。竇娥は死刑を宣告され、処刑前に最期の言葉を残しました。その内容は、もし冤罪であれば、処刑された彼女の血は旗に飛び移り、真夏に雪が降り、楚州に三年間干ばつが続くというものでした。そして、処刑後にこれらの言葉は現実となりました。

 その後、この地に竇娥の父が科挙官僚として赴任すると、亡霊になって現れ、竇娥の父に自分の冤罪を晴らすよう懇願しました。その結果、裁判がやり直され、真犯人が処刑されました。

By whenis , 25 4月, 2019

"六親不認"ですが、字面の意味は、六親を認めない。

 中国の歴史には、「六親」に関して、特定の内容があります。その代表的な言い方が三種類あります。『春秋左氏伝』によりますと、親子、兄弟、姉妹、甥と母方の兄弟、妻の親族及び夫の親族だということです。『老子』によると、父子、兄弟、夫婦が六親だということです。そして、『漢書』によりますと、父、母、兄、弟、妻、子を指しているということです。この3種類の言い方がありますが、そのうち、三番目の言い方、つまり、父、母、兄、弟、妻、子という言い方が最も一般的です。つまり、血筋と婚姻関係で最も関係の親しい人たちです。

 中国では昔から大家族が集まり棲むというのが非常に重んじられてきました。つまり、直系家族の他に、傍系や親族も同じ土地に一緒に暮らします。一緒に住むことによって、農業生産で助け合ったりすることができるのです。

 これは中国社会の特徴の一つといえるでしょう。家族関係を非常に重視しています。ですから、昔から、家族の子弟が出世すれば、"衣錦還郷"ふるさとに錦を飾ると言って、家族全員にとって、大きな名誉になります。もちろん、出世した人は、親族の面倒をみることになります。

By whenis , 23 4月, 2019

中国は日本語より一つ字が多いです。五十歩と百歩の間に、笑うの笑が入っています。これは厳密に言えば、四つの字ではないので、四字熟語とは言えないので、成語と言います。

 日本語と比べると、中国語の方が分かりやすいですね。五十歩後退した人が百歩を後退した人をあざ笑うということです。

 同様の立場にありながら、相手を嘲笑する愚かさを言います。言葉の出典となるのは、『孟子』です。

 中国の戦国時代に、梁の恵王が孟子に尋ねました。「私は、凶作の地にいた民を豊作の地に移住させるなど、常に人民に気を配っているが、何故、他の国の人民が減らず、私の国の人民が増えないのだろうか?」

 孟子は答えます。「王は戦争の話が好きですから、戦争の話にたとえましょう。戦場では太鼓が鳴り、両軍は激しく戦っているところです。鎧を捨てて、武器を引きずって逃げるものが現れました。百歩逃げたものもいるし、五十歩逃げたものもいます。もし、五十歩逃げた者が、百歩逃げたものを臆病者だと嘲笑ったら、どう思いますか?」

 恵王は「五十歩逃げた者はただ百歩にならなかっただけだ。逃げ出したことには変わりがない」と答えました。

By whenis , 22 4月, 2019

"五穀豊登"。日本語で「五穀豊穣」と言います。中国語は最後の字だけ違います。穣ではなくて、登です。

 意味は同じです。穀物が豊かに実ることです。「五穀」は中国で昔から主食とされる穀物です。一般的には、米、麦、粟(あわ)、豆、黍(きび)を言います。

 「豊穣」、或いは中国語の"豊登"は、穀物が豊かに実ることです。日本では、「五穀豊穣」は、いつも「家内安全」や「商売繁盛」と同じように、祈願の言葉として使われていますが。中国では、よく「五穀豊登、六畜興旺」と言います。六畜とは、中国では昔から農家でよく飼育される六種類の家畜です。この六種類の家畜とは、牛、馬、羊、ニワトリ、犬、豚を指します。歴史上、長きにわたって、農業が基幹産業だった中国では、「五穀豊登、六畜興旺」は、家業が栄えることを表します。

By whenis , 21 4月, 2019

「両袖清風」。二つの袖に清らかな風。

 中国では昔の服装は袖が太くて長いかったのです。その長い袖にポケットがあって、ものを入れることができます。ですから、賄賂を受ける時に、袖に入れます。

 日本語にも「袖のした」という言葉がありますが、たもとに隠すようにしてそっと渡すもの、賄賂を表します。中国と日本、賄賂のやり方がいっしょなんですね。

 官僚が、両方の袖には清らかな風しかないと言えば、自分が賄賂を贈ったり、賄賂を受け取ったりしたことがない、清廉潔白な人だという自慢になります。「両袖清風」にまつわるこんな故事があります。主人公は明の時代の民族的ヒーローであり、詩人でもある于謙です。

 明の時代、宦官王振は自分の私利私欲を満たすために権力を濫用していました。官僚たちが集まる度に、各地から上京した官僚は彼に媚びるため、金銀や宝石などをよく献上しました。しかし、省長に当たる地方の長官を務める于謙は上京する時に、いつも何の土産も持って来ません。彼の同僚は「金銀を捧げ、媚びたりしなくてもいいから、せめてシイタケやハンカチなど、地元の名産品を持って、気持ちだけ示したほうがいいじゃないか」と、彼にアドバイスしました。しかし、于謙はその両袖には清らかな風しか通らないと言い、他の官僚の不正行為を批判しました。

By whenis , 13 4月, 2019

仏教から来た四字熟語です。たった一つの最もいい方法という意味を表します。不二というのは、とても難しい仏教の概念です。生と死、善と悪、罪と福、世間と出世間、煩悩と菩提(ぼだい)など、皆相反する概念ですが、それらはもともと二つに分かれたものではなく、一つのものだという考えです。生きると死ぬなどを見極めることができれば、迷いも束縛もなくなる。つまり、不二の法門に入るわけでしょうか。

 仏教の経典によりますと、あわせて8万4000の法門が存在しています。その中で、不二法門は最高の法門です。人間はそれに入ると、生死を超え、成仏できるということです。もちろん、この法門というのは、空間ではなく、思想の門を指しているんです。

 不二法門は、『維摩経』(ゆいまきょう)の重要な思想です。この『維摩経』の内容は中インドの長者、ヴィマラキールティ(維摩詰)にまつわる物語です。こんな物語があります。

 ヴィマラキールティは在宅修行の菩薩です。すべてを捨てたほかの菩薩とは違って、ヴィマラキールティは美しい妻や妾を持つほか、広々とした邸宅や田畑を持ち、地元で有名な金持ちです。彼は誠心誠意、修行をすると同時に、俗世間の活動にも積極的に参加しています。このような出家しているようでしていないようなやり方はとても不思議に思われます。

By whenis , 12 4月, 2019

日本語にも「二」を含む四字熟語もありますね。例えば、一石二鳥。中国語にもあります。"一石二鳥"。同じ漢字を書きます。しかし、ちょっと調べてみたら、この言葉には、由来の故事などがありません。しかも、昔の中国には石で鳥を採る習慣がありません。だから、個人の推測ですが、中国語の"一石二鳥"は、恐らく近代に入ってから、日本語からの逆輸入なのかもしれません。

 実は、「一石二鳥」は日本生まれの言葉ではありません。17世紀のイギリスのことわざ「kill two birds with one stone.」(一つの石で二羽の鳥を殺す)の訳語だそうです。出典は中国ではなくイギリスです。日本語の四字熟語はほとんど中国からのものですが、逆に、中国には日本から輸入したものもあります。これはやはり漢字が中国にとって、分かりやすいからですね。

 中国語には、「一石二鳥」と全く同じ意味の四字熟語もあります。「一箭双雕」(いっせんそうちょう)、或いは、「一挙二得」というのがあります。

 「一箭双雕」、一発の矢で、二羽のワシを射たという意味です。日本語の一石二鳥と同じ意味ですが、もっと颯爽とした感じがします。そして、「一挙二得」、日本語では、一挙両得と言いますね。一つの行為で二つの利益が得られる。「一箭双雕」や一石二鳥の解釈と同じです。

By whenis , 9 4月, 2019

【带节奏】(dài jiézòu)リードする、リーダシップを振るう.

 「节奏」はリズムの意味で、「带」は「誰かを伴って何かする」という意味ですが、ここでは引き起こす、とか、様子のわからない人に追従させるために煽り立てるという意味になります。これは元来ゲーム用語で、eスポーツの世界から広まったものです。

 そもそもはDota2やLOL(リーグ・オブ・レジェンド)のゲーム中継でよく使われ、経験豊かなプレイヤーあるいは優位にあるヒーローがチームをリードし、チームワークの整った攻撃や防御をすることを表します。「带起一波节奏」として、リズミカルな戦いや息のあったプレイを展開する様を言ったものです。

 この言葉もまた、例に漏れず、使う人が増えるに連れて適用範囲が拡大されて行きます。ある程度普及した後は、ゲームに限らず、ある事件や話題について、一部の人が故意に煽動したり、全く逆の意見を投げかけることで、様子のわからない人に追従させたり、時には論争を引き起こそうとします。こうして人をたきつけることをするのも「带节奏」といいます。後者はディベートの世界でDevil's advocateとも呼ばれるものです。

 

By whenis , 7 4月, 2019

発音解説

1.第三声の声調変化

 第三声が二つ並んだ場合、初めの第三声は第二声に変化する。例えば、“你好”の“你” と“很好”の“很”は、ともに第二声に発音する。ただし、声調符号は変えない。