By whenis , 25 5月, 2019

"四面楚歌"、日本語もそのまま「四面楚歌」と言いますね。孤立無援の状態を表すものです。これは、項羽にまつわる話です。簡単にご紹介しましょう。項羽の軍が垓下に立てこもった時の話です。兵は少なくなり、食べ物もつきました。劉邦が率いる漢軍と諸侯の兵は、これを幾重にも取り囲みました。夜になって、漢軍の中で盛んに楚の歌を歌う声を聞いて、項羽は大いに驚き、「漢はすでに楚を得たのか。なんと楚の人が多いことか」と言いました。

 司馬遷が書いた歴史書『史記・項羽本紀』の故事によるものです。しかし、四面に楚歌、楚の歌が聞こえたのは、項羽が心配していた大本営、楚が占領されたわけではありません。劉邦とその軍師である張良が仕組んだ心理的な計略です。

 気分が淋しくなる夜中に、疲れ果てた楚の兵士は、懐かしい故郷の歌声を聴いて、ホームシックになり、戦意をくじかれました。劉邦と比べると、項羽は力と勇気がありすぎて、計略が足りないということでしょうか。結局、烏江で攻められ、自殺することになりました。

 「四面楚歌」。敵に囲まれて孤立し、助けを求められないことのたとえです。周りに味方がなく、周囲が反対者ばかりの状況をもいい、孤立無援ともいいます。 「四面楚歌」のような状態に陥りたくありませんね。周りの人たちと仲良くしましょう。

By whenis , 24 5月, 2019

日本人でもお馴染みの『三国志』の有名な話、三顧の礼ですが、中国語では、"三顧茅盧"と言います。。"茅盧"とは、草葺きの粗末な住まいです。"三顧茅盧"は劉備が諸葛孔明を迎える際に三度たずねたとする故事に由来する四字熟語です。心から礼儀を尽くして、すぐれた人材を招くことを表します。

 当時、三番目の勢力だった劉備は、自分の勢力を拡大するために、優秀な軍師を探していました。ある日、「諸葛孔明という優秀な人物がいる」と進言してきた者がいました。

 劉備は、さっそく孔明の住む草葺きのわびしい住まいを訪ねましたが、逢ってもらえませんでした。2度目も、逢うことはかないませんでした。3度目に出向いた時に、孔明は劉備の熱意に打たれ、配下になることにしました。

その後、劉備は孔明の活躍などで地域を平定し、見事、皇帝の座につくことができました。

 "三顧茅盧"の故事でした。劉備は謙虚な姿勢で諸葛孔明の一生の忠実を得ました。個人的な才能は目立たない劉備ですが、厚い人望で最終的に天下三分の一席を占めたのです。

By whenis , 23 5月, 2019

安にいて危を思う、平安無事の時でも、危機の事を考えている。常に用心を怠らないことを表します。

 住居の居なんですが、四字熟語の場合、なぜか「きょ」ではなくて、「こ」と読みます。コアンシキです。

 これと似たような意味の言葉ですが、「備えあれば患いなし」という諺がありますね。

 実は、この二つはいずれも、「春秋左氏伝」から来ています。原文は、「居安思危、思則有備、有備無患」。読み下しは、「安きにおいて危うきを思い、思えばすなわち備えあり、備えあれば患いなし」となっています。

 危険が迫ってくる時には誰でも用心するし、危機感を持ちます。けれども、そうではない時、安泰な時にも常に危機感を持ち、危険に備えることが大切ですよね。つまり、そうじゃなれば、いざ備えを怠ると、危機に陥ってしまう可能性が大ですね。自然災害に限らず、世の中のすべてのことに当てはまります。

 「居安思危」について、こんな故事があります。

 中国史上最高の名君の一人と称えられる唐太宗は、自らに対する諫言を奨励し、常に自らを厳しく律するように勤めていました。

By whenis , 22 5月, 2019

この言葉は、一番最初に、四書五経の一つに数えられる「尚書」から出ました。"有容、徳乃大"。「受け入れてこそ、徳がどんどん大きくなる」と書かれています。

 初めて、「有容乃大」という四字熟語の形にしたのは、明の時代の兵部尚書、これは、今の国防大臣に当たる官職ですが、明の時代の国防大臣を務めていた、袁可立という人です。彼は、自分を励ますため、"受益惟謙、有容乃大"という対聯を書き上げました。謙虚な態度と大きな懐を持たなければならないと、自分を戒めているわけです。

 そして、一番よく知られるのは、"海納百川、有容乃大"という使い方です。海は無数の川を受け入れるからこそ、あれだけの大きさを持っているという意味です。これは清の時代の政治家、アヘン戦争の英雄、林則徐(りんそくじょ)が座右の銘にしていました。

 海は、「この川の水は受け入れるが、あの川の水はいやだ」などと、えり好みせず、すべての川の水を受け入れるのです。だから、そのように広大な海になりました。

 海は、選り好みをしない、低姿勢ですね。場所も最も低い所にあるので、自分に流れてくるすべての川の水を受け入れています。非常に寛大な精神を持っているわけです。

By whenis , 21 5月, 2019

中国には、漢字4文字で奥深い意味を表す四字熟語が数多くあります。今日は、多くの中国人に愛され、座右の銘によく取り上げられるものをご紹介します。

 座右の銘とは、常に自分の心に留めておき、戒めや励ましとする言葉なんですが、字熟語には、座右の銘にしたいなあって思われるものが多いですね。中国では、よく自分の好きな四字熟語を書にして、部屋に飾ります。今日は、中国でよく書にされ、部屋に飾られるものを二三ご紹介しましょう。「淡泊明志(たんぱくめいし)」、「有容乃大(ゆうようだいだい)」と「居安思危(こあんしき)」です。

淡泊明志

 この言葉は、一番最初に、前漢の劉安が編纂した本、「淮南子」に出ました。でも、一番有名なのは、三国志で有名な諸葛孔明が54歳の時に、まだ8歳の息子への手紙、「わが子を戒める書」に書いたことです。

 原文は、"非淡泊无以明志,非宁静无以致远。"と言います。「私利私欲に溺れることなく淡泊でなければ、志を明らかにすることができない。落ち着いてゆったりした気持ちでないと、遠大な境地に達することができない」となっています。目先の利益や欲望、感情に左右されることなく、志を明らかにし、落ち着いて、本来の成すべき事を地道に進めていくということです。

By whenis , 20 5月, 2019

糊塗は、ごまかすこと、バカという意味ですから、「難得糊塗」はバカは得がたし、バカになれという意味です。

 これは清の時代の画家、鄭板橋の書です。バカは得がたし「難得糊塗」という4つの大きな字の下に、さらに、「聡明になるのは難しい。糊塗になるのも難しい。聡明から転じて糊塗になるはさらに難しい」などと、小さな字で書き添えました。

 聡明になるのは難しい。これはよく分かりますね。でも、「出る杭は打たれる」と言われますから、聡明さはほどほどでいいということでしょうか?

 聡明になるのは難しいけど、糊塗になるのも難しい。バカの人生は辛い。人に嘲笑われたり、無視されたりするのは、耐え難いことです。

 しかし、聡明な人やバカな人よりは、バカなふりをしている本当の聡明な人こそ、一番難しいです。これは鄭板橋がいう「難得糊塗」、バカは得がたしということです。

 これは実は"大智若愚"「大賢(たいけん)は愚なるが如し」と同じような意味です。非常に賢い人は、知識をひけらかさないから、ちょっと見たところでは愚かな人のように見えるのです。

 つまり、智恵や知識というものを全部剥ぎ取って、糊塗、無造作な状態になったわけですね。いつでも自然体のままで行動を取る。聡明な人にもバカな人にも支持されるでしょう。

By whenis , 19 5月, 2019

続いての四字熟語は、日頃のお付き合いには贈答やもてなしも大切だということを示す言葉です。「礼尚往来」。何かをもらったら、必ずお返しをします。

 日本人はこの面でとても律儀ですよね。中国人の私から見てみますと、時々返してくれるのがあまりにも速いので、かえって「面倒くさい。贈らなければよかった」とでも思ってしまいます。

 それは日本人独特のこだわりなのかもしれません。深い意味はありませんが、礼儀として、社会的通例に従って、きちんとお返しをすることがあります。

 一方では、そんな律儀な日本人と対照的に、中国人はすぐにお返しをする習慣がないようです。付き合いは長いので、次のタイミングでお祝いなどを贈ればいいと思ってますね。でも、おもてなしや金銭の面では、しっかりと、「礼尚往来」のルールを守っています。

 日本では友人との食事などは、割り勘で支払うことが多いのですが、中国では誰かが全員をご馳走する、おごる形が多いです。そして、次回また集まるとき、別の人がお金を払うということです。この間、誰々さんにご馳走してもらった。次回、私が何とかしなくちゃ。。。と思いますので、友達との集まりが大きくなり、自然と人間関係がスムーズになります。

By whenis , 17 5月, 2019

「君子之交(くんしのこう)」。これは、荘子の言葉、「君子之交淡如水、小人之交甘如醴」、君子の交わりは、淡きこと水の如く、小人の交わりは甘きこと、醴の如し。が出典となっています。

 君子は徳のある者。その反対語に、徳のない者は、小人と言います。君子の交際は淡々としているために親しみは深くなり、小人の交際は甘くて利を離れないために、最初は甘酒のようですが、やがて途絶えてしまうという意味ですね。

 中国語では、「君子之交」という四字熟語以外に、「君子之交淡如水」原文のままで引用されることが多いです。

 「君子の交わりは淡きこと水の如し」に関して、こんな故事があります。

 唐の初期、薛仁貴(せつじんき)という有名な武将がいました。若い頃は貧しく、妻とボロボロの洞窟に住み、畑仕事を生業としていますが、それでも衣食が足りず、近くに住む王茂生夫妻によく助けてもらいました。

 後に、薛仁貴は妻の進めにより、軍に入り、唐太宗と一緒に高句麗に遠征した際、大きな手柄をあげたため、「平遼王」と封ぜられました。

By whenis , 16 5月, 2019

字面を見れば分かりますね。人にはそれぞれ志がある。人はそれぞれの志や抱負があります。

 人間の個性というか、それぞれの理想を尊重しなければならないという意味合いがあります。人それぞれに志があるので、無理矢理に一律の基準を決めて、強いたりしてはいけません。

 この面では、横並びが好きな日本と比べて、中国の方は、もっと各人の個性を生かしているように思います。だから、日本人と比べて、集団性が強くないということもありますね。一つのチームに、どうしても皆とあわせない人がいれば、まあ、「人各有志」、人それぞれ志が違うから、いいやといって、見過ごしてしまうケースもあります。

 別に無理して、人に合わせたりしなくても、気が楽であれば、いいかもしれません。しっかりとしたり志を持っていれば、それを目指して頑張るといいと思いますね。もちろん、場合によりますけどね。

By whenis , 15 5月, 2019

四字熟語には数千年、数百年と、長く使われてきたものが多いです。これらを理解すると、中国人の価値観や伝統、文化などを知ることができると思います。

 さて、2月に入りましたが、2月と言いますと、バレンタインデーがありますね。中国語では「情人節」と呼びます。日本のように女性が男性にチョコレートを贈る日ではなく、恋人たちの日といった感じです。男性が女性にバラの花を贈っているのをよく見かけます。実際の北京の2月は、まだまだ厳寒が続く真冬ですが、旧正月が過ぎて、続いてバレンタインデーがやってくるので、冬なのになんかわくわくします。そんなバレンタインデーにあわせて、今日は、恋や結婚に関する中国の四字熟語を特集してお届けします。

 日本語にもあるもの、中国特有のものなどがあります。先ず、ご紹介するのは、恋心が芽生える時の少年少女を形容する言葉です。「情竇初開(じょうとうしょかい)」です。