中日成語・ことわざ

中日成語・ことわざ

By whenis , 13 2月, 2017

ニワトリの毛やニンニクの皮。極めて軽いこと、重要ではないこと。つまり、たいしたことではない些細なこと、あるいはとるに足らないつまらないこと。

 由来

 昔、ニワトリの商売をする人とニンニクの商売をする人が隣り合って住んでいた。両方とも生活が苦しく、早起きしてそれぞれニワトリの毛を抜き、ニンニクの皮を剥いていた。和気あいあいと住んでいたが、2つの家族は風が吹くと、ニワトリの毛とニンニクの皮が舞って混ざってしまい喧嘩になる。

 ある日、喧嘩が激しくなって、裁判となった。裁判官がニワトリの毛とニンニクの皮に関する事件と聞いて、「こんな些細なことで裁判にかけるのか」と言って、二人をそれぞれ十回の打つ刑として、反省させた。後にこのことが広がり、些細なことや価値の小さなことを「鸡毛蒜皮」と言うようになった。

 使い方

By whenis , 27 1月, 2017

前漢時代の皇族、学者劉安にちなんだ故事成語。

 話によると、劉安は仙人になりたくて、仙人になれると言われる仙薬の処方をもらって自ら調合していた。仕上げた仙薬を服用すると、身体が宙に空に浮き上がった。それどころか、家で飼っていた鶏や犬も庭に置かれた仙薬をなめたため、天に昇ったという。

 後に、この言葉は一人が出世するとその親類縁者まで権勢を得ることのたとえとなった。 

By whenis , 26 1月, 2017

これも『晋書』からの出た故事成語。

 鶴が鶏の群れに立つ。鶴は高雅なもので、鶏は普通のもの。つまり、凡人の中に優れた人物が一人混じっているたとえ。

 三国時代の末期から晋にかけて、中国史上有名な「竹林の七賢」の一人、嵇康の息子・嵇紹由来の言葉。その中で、嵇紹のことを「多くの人がいる中で、嵇紹を見た。ひときわ高く抜きん出ており、まるで野生の鶴が鶏の群れの中にいるようだ」と書かれていた。嵇紹は晋の恵帝を命がけで守っていたので、。亡くなったなくなった後も恵帝によく思い出されたという。

By whenis , 25 1月, 2017

『晋書・祖逖伝』由来の言葉。

 「闻」は聞く、「鸡」は鶏、「起舞」は舞う、、踊る。ここでは剣術の稽古を指

す。

 祖逖は東晋の武将で、幼馴染の劉琨と大変仲がよくて、二人は同じ夢を持っていた。それは、中国を他国の侵略から守り、晋王朝を復興し、平和な世の中を作ることだった。二人はその夢のためには、努力を惜しまず、明け方鶏の鳴き声とともにを聞いて起き、庭に出て剣術の稽古をした。それは、1年中1日たりとも途切れることなく続いた。長い間の努力のかいがあって、祖逖は優れた軍事的能力を身に付け、将軍に任じられた。一方の劉琨はたぐいまれな文才で、地方行政の最高長官に任じられ、三つの州の軍事を管轄していた。

 二人の絶え間ない努力に感心し、彼らが鶏の鳴き声とともに起きて稽古したことを「闻鸡起舞」と言って、目標のために弛まぬ努力することを指すようになった。  

By whenis , 23 1月, 2017

意味

 成語。竜を描いて目を描き入れる。最後に一つ手を加えて完璧なものにする。文章や話で最後に大事なことを付け加えて全体を引き立たせることを喩える。

由来

 南北時代の梁には張僧繇(ちょうそうよう)という有名な画家がいた。ある年、張僧繇が皇帝に金陵の安楽寺に絵を描くことを命じられ、三日間で壁に4つの金の龍を描き終った。上手く描けたので、皆に讃えられた。しかし、4つの龍に目が描かれていないことに気づいた人がいて、聞いた。すると、張僧繇は「目を描いたら飛んでいくから」と答えた。

 この話を皆、信じるわけには行かない。そこで、張僧繇は仕方がなく、2つの龍の目を描いたら、龍が本当に壁から飛んで行った。

使い方

By whenis , 29 12月, 2016

掩耳盗铃(yǎněrdàolíng) えんじとうれい

 意味

 耳を覆って鈴を盗む。自己欺瞞の行為を風刺する。

 由来

 「呂氏春秋」に由来する。

 ある泥棒が1つの大きな鐘を盗もうとした。だが、鐘は大きくて重いため、背負っていくのは無理である。これを砕いたら持っていくのに便利だろうと思った泥棒は、かなづちで鐘を叩いてみた。すると、鐘が大きな音で鳴り響いた。泥棒はびっくりして、誰か他の人に聞かれたら鐘がその人に奪われるのではないかと思い自分の耳を塞いだ。もちろん、ほかの人には聞こえている。

 後に、盗もうとする鐘が鈴になって、自己欺瞞、愚かな行為を言う。

 使い方

 环境监测岂能掩耳盗铃。

 環境モニタリングでは耳を覆って鈴を盗むようなことを許してはいけない。

 删除行贿号码不过是掩耳盗铃。

 贈賄の電話番号を削除することは、耳を覆って鈴を盗むことに過ぎない。

By whenis , 13 5月, 2016

孟母三迁(mèng mǔ sān qiān)

漢字の説明

意味

「孟母」とは、孟子の母親のこと。「三遷」とは、住居を三度変えること。

日本では、「孟母三遷の教え」として知られている。

孟子の家族は、はじめ墓場の近くに住んでいた。すると、、孟子が葬式ごっこをして遊ぶので、教育によくないと市場の近くに引っ越した。今度は、孟子が商人の真似ばかりして遊ぶので、学校の近くに引っ越した。すると孟子は礼儀作法の真似ごとをするようになった。孟子の母は「この地こそ子供にふさわしい」と言って、その地に落ち着いたという故事から。

子供の教育には、よい環境を選ぶことが大事と言う意味や教育熱心な母親のたとえにもなる。

使い方

By whenis , 20 2月, 2016

说曹操曹操到(shuō cáo cāo cáo cāo dào)

意味

曹操の話をすると、曹操が現れる。噂をすれば影

背景

漢の時代の献帝が危険にされられた時、側近が曹操に救いに来てもらうように勧めた。しかし、この願を持った使者がまだ出発しないうちに、曹操の軍隊が援軍として到着した。それで、「说曹操,曹操到」というようになった。

もう1つの説は、曹操は疑い深い性格で、常に曹操を倒すための相談が行われているのではと心配する。不穏な動きを早めに察知するため、大勢の情報屋を雇っていた。なので、曹操に反発するような言動があれば、すぐにでもあなたの前に現れる。

中国のトンチクイズに、「三国志で一番足の速い人は誰?」だという問題がある。答えは曹操だ。話をしただけで、誰よりも早く駆けつけるから。

使い方

By whenis , 15 2月, 2016

漢字の説明

「踏」は「踩」と書き、「只」は「条」と書く場合もある。

意味

物事に対してはっきり判断できなくて、行動が曖昧なこと、あるいは、投機のために異なる両方とも関係を保つことを言う。二股をかける。

使い方

脚踏两只船的下场就是最终失去真爱。

二股をかけて、本当の愛を見失った。

我听说他脚踏两只船,你可要小心。

彼は二股をかけていると聞いたよ。気をつけたほうがいいよ。

在这件事上,你必须选择,不能脚踏两只船。

By whenis , 14 2月, 2016

車、山前に到りて必ず路あり(くるまさんぜんにいたりてかならずみちあり)。

車の前に山が立ちはだかれば、必ず道もある。

差し迫った状況があったとしても、ある時になれば必ず解決法が見つかる。あるいは、必ず転機が来る。

困難に陥る人を慰める時によく使われる。

使い方

车到山前必有路,船到桥头自然直。

車は、山に近づけば、必ず道があらわれ、船は、橋脚に近づけば、自ずと

まっすぐに進む。

常言道:车到山前必有路。大家不必担心,问题一定能解决。

「車、山前に到りて必ず路あり」とよく言われる。皆さん、心配しないで、問題は必ず解決できます。