孔廟と国子監

皆さんこんにちは、「songyun.org中国語教室」というコーナーを始めました。このコーナーでは中国に関する知識や中国語の勉強方法などをご紹介いたしますので、このウェーブサイトを有効にご利用していただき、この中国語教室が皆様のお役にたちますように心より願っています。

私も日々日本語と英語を勉強していきたいと思っておりますので、今後とも、よろしくお願いいたします。

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中国の著名な思想家、そして教育家、孔子。「孔子学院」の名をつけた学校が、世界各地に設けられ、いまなお、孔子は中国文化、中国語教育の先兵役を担っています。ふるさとは、山東省の曲阜で、ここでは毎年、盛大な孔子祭りが行われます。

 その孔子を祠り、最高教育の場となった所が北京にあります。「孔廟、国子監」と名づけられた博物館を紹介しましょう。場所は、地下鉄2号線の安定門駅から歩いて15分ほど、ラマ教の有名なお寺・雍和宮はすぐ近くにあります。  

国子監街という東西に走る古い道を捜してください。真ん中あたりに「国子監」と「成賢街」と書かれた鳥居のような門があります。中国では牌楼と呼んでいます。この鳥居に挟まれた部分が、「孔廟、国子監」というわけです。ところが、今は大規模修理の真最中で、建物はテントなどで覆われて中に入れません。近代になってからは、1930年代と50年代に続く三度目の大規模な工事で、来年の7月にすべてが終わります。

 実は、「孔廟」と「国子監」という、二つの施設があるのです。先にできたのは「国子監」で、元の時代、1287年でした。元、明、清と三時代にわたる最高学府で、国家運営にあたる幹部の人材養成機関でした。明代には、多い時で9000人がここで学びました。工事が終われば、在籍した学生の名簿、教科書、成績表などを見ることができます。当時の学生は、儒教の教典、数学、文学、天文学などを学んだそうです。

校内には、いくつかの門があり、「集賢門」、「太学門」などの名がつけられています。賢い人たちが集るところの意味ですし、「太学」は、いまの「大学」に通じるような気もします。  

 古木が茂る庭を東に進むと「孔廟」です。こちらの方は、「国子監」ができてから、700年ほど後に建てられ、皇帝が儀式を行う場として使われました。こちらも、改修工事が終われば、黄色い屋根瓦とともに伝統建築が蘇るでしょう。

 儒教の教典を刻んだ石碑、そして元、明、清代に科挙試験に合格した51624人の名前が印された198の石碑を見ながら歴史を振り返るのはいかがでしょうか。

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