皆さんこんにちは、「songyun.org中国語教室」というコーナーを始めました。このコーナーでは中国に関する知識や中国語の勉強方法などをご紹介いたしますので、このウェーブサイトを有効にご利用していただき、この中国語教室が皆様のお役にたちますように心より願っています。

私も日々日本語と英語を勉強していきたいと思っておりますので、今後とも、よろしくお願いいたします。

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唐代の建築

   唐代(紀元618~907)は中国封建社会の経済文化の発展期にあたる。この時期の建築技術や芸術が大きな進展を遂げた。唐代建築の特徴は、勢いがあり、雄大なものだった。

唐代建築の規模は大きく、規制は厳密で、中国建築群の全体的な規制はこの時期に日増しに増えていきた。唐代の都である長安(現在の西安)と東都である洛陽では、規模が膨大な宮殿、庭園、官署が造られ、建築配置も更に模範的かつ合理的になった。長安はその時代、世界で最も雄大な都市で、その規制は中国古代都市のうち、最も雄大でした。長安城内の帝王宮殿である大明宮は極めて雄大で、その遺跡範囲は明代と清代の故宮である紫禁城の総面積より3倍以上も大きいものである。

唐代の木造建築は芸術加工や造形の統一を実現し、斗拱、柱、梁などの建築部は力強さと美しさを完璧に結合させている。唐代建築は素朴かつ穏やかで、色調もシンプルかつ鮮やかである。山西省五台山の仏光寺は典型的な唐代建築でこれらの特徴を表している。

古代建築の概況

    建築は「凝っている音楽」とも呼ばれ、人類文明の重要な役割を担っている。中国の古代建築は漢族の木造建築を主として、少数民族の素晴らしい建築も含んでいる。これらの古代建築は中国伝統文化から生れ、発展、成熟し、紀元2世紀から紀元19世紀の半ば頃まで、閉鎖的かつ独立した体系を形成していた。また、高い審美価値と工芸レベルを持ち、奥深さを持っています。中国の古代建築芸術は世界でも歴史が最も長く、地域分布が最も広く、風格が非常にはっきりとした独特の体系である。日本、朝鮮、ベトナムの古代建築に直接影響を与え、17世紀以後はヨーロッパの建築にも影響を及ぼしている。

    中国は領土が幅広く、民族が多いため、中国の古代人は異なる自然、地理条件に合わせ、異なる構造方式や芸術風格の古代建築を築き上げた。中国北方の黄河流域では、古人は木材と黄土で家屋を造り、南方では、建築材料は土と木のほか、竹や芦なども使われている。一部の地方では、古代人は湿気を防ぎ、空気の流れをよくするため、家屋の下層部には欄干式構造を採っている。其のほか、山岳地帯に住んでいる中国の古代人は石や木などで井戸式の建築を造った。

中国の伝統文化と民族美徳--尊老

    中華民族は世界でもっとも古老な民族です。中国は、儀礼の国として世界に知られ、悠久な文明伝統があります。中国の伝統文化と民族美徳は長い歴史があり、多くの価値ある精神文化成果と民族伝統美徳を凝集しています。それには、文明礼儀・誠実信用・勤労節約・団結互助・祖国熱愛・刻苦質朴・奮闘努力などが含まれます。とくに敬老尊老の伝統的美徳は、さながら透き通った湧き水のように、中国の悠久な歴史の大河を流れています。

    中国古代思想家の孔子は、「子女が生きてこられたのは、父母が養育したくれたからだ。それは犬や馬も同じだ。老人を養っても尊敬しない場合、犬や馬と同じだ」と述べています。また、孟子は「人々は自分の老人を尊敬するだけでなく、自分の老人以外の老人を尊敬すべきだ」として、老人尊敬をさらに大きな範囲に広げています。中華民族は5000年の歴史過程で、一貫して老人に孝行することは天理にかない、人倫にかなうことだとしています。親孝行な子女は人々から尊重され、親不孝な子女は社会世論の叱責を被ってきました。

中国風水文化

    風水文化は中国で生まれた昔の神秘な文化の一部で、多くの知識を含み長い歴史があります。風水は中国人特有の文化現象であり、広く伝わった魔よけの術数といえ、環境と人との関係についての芸術と学問なのです。風水をみるというのは、人と建築や事前との関係に、つまり、「天と人」の関係を判断することで、これは中国の数千年という文明が示した「天人合一」(tiān rén hé yī)という宇宙観と審美観とは根本的に一致しています。

    風水学の基礎と核心となる思想は「易経」から来たものです。風水の核心とは、その居住と生存の環境に対して選択と処理をおこなうことで、その範囲には住宅、陵墓、村や町、都市の企画と建設が含まれています。うち、陵墓にかかわるものを「陰宅」といい、人々の住宅と環境にかかわるものを「陽宅」といいます。これは「易経」が主張する陰陽哲学を基にしたもので、五行、八卦、十二時辰と二十四山方位などの易の宇宙観を理論的な基盤と操作法とし、中国人特有の吉凶論を以って、人と自然、人と外部世界との協調的な統一を高度に表すのです。

旗袍

    “旗袍”(qí páo)、つまりチャイナドレスは、清朝時代の八旗女性の服装から変化したもので、民族大融合によって形成された特有の服装形式であり、中国服装の国粋だと言えます。“旗袍”は、花鳥・絵画・刺繍などの文化内容が含まれており、各種芸術が結びついた産物だと言えます。

    “旗袍”は、中国式の長い服が由来です。しかし、清朝時代になると字面の解釈が行われ、旗人(男女を含む)の長い服を指すようになりました。ところが実際には、八旗女性の普段着の長い服だけが、現在の“旗袍”と密接な関係があるのです。漢族女性が満族女性の服装を模倣し、満族女性も漢族女性の服装を模倣するようになり、漢族女性と満族女性の服装風格が次第に融合し、その区別が縮小され、“旗袍”が流行するようになりました。その後、西洋の服装が中国で普及し、“旗袍”が洋服の特徴に融合し、簡潔化かつ平民化の方向に発展し、新しい様式の“旗袍”・チャイナドレスが生まれたのです。

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